「田舎は車がないと暮らせない」とよく言われる。
たしかに、地方で生まれ育った私にとって、子どもの頃はちょっとした買い物を徒歩や自転車でカバーできても、大人になると通勤や通院、買い物や遊びまで、マイカーなしでは移動が困難になった。地方のバスや電車は運賃が高く、日常的に使うには躊躇するレベルだ。
公共交通機関の現実
一時期、車を手放したらどうなるかシミュレーションしていた際、自宅から20km離れた日帰り温泉にバスで行ってみた。この温泉は施設内にバスが乗り入れているため、比較的アクセスが良い立地だった。
結果は、入浴券500円に対して往復バス代が2,000円弱。なんとも高い温泉代となった。時間も、最寄りターミナルから温泉前のバス停まで定刻通りでも約1時間。これに自宅から最寄りバス停までの時間は含まれていない。一方、マイカーなら自宅から高速利用で30分程度。やはり車は便利だ、という結論に至ってしまう。
HSPと交通環境の変化
もともと生まれつき神経質で敏感な性格で、HSPという言葉を知ったのは20歳の時だった。日常生活を送るだけで何かとストレスフルな毎日を過ごしている。
子どもの頃から外出時は、危険な目に遭わないか一瞬ごとにハラハラしながら移動していた。徒歩や自転車で出かけると、交通ルールを無視した危ない車や自転車に出くわすことは決して珍しくない。
昭和から平成前期ののんびりした時代なら、例えば自転車同士で同じ方向に進む際も、お互いに譲り合ったり声をかけ合ったりするケースがよくあった。しかし、時代の変化とともに、行き交う車や自転車のマナーは悪化し、譲り合いの気持ちも薄くなった。私自身も日常的に車を運転するが、毎朝気合いを入れてエンジンをかけないと外出するのも怖いくらいになっている。
10年来通っている整体の先生から「自転車やバイクは骨盤や腰椎が歪みやすい」という話を聞いて以来、さらに拍車がかかり、移動手段は車か徒歩の二択となった。
車への価値観の変化
最近、車の残価設定型クレジット(残クレ)をウィットを交えて紹介した動画が話題になった。残クレで高級車を手に入れた家族のプライドをよそに、最後は思わぬルールの落とし穴で一括返済する羽目となり、地獄を見るといったシナリオだ。
新車であろうと中古車であろうと、現金一括やオートローンでマイカーを購入するのは理解できる。通勤通学や家族の送迎、遊びはもちろんのこと、車を所有すること自体を趣味として楽しむのも素晴らしい。
しかし、車は誰かが運転しなければならない。たとえ高級車であっても、一般的には本人が運転する。趣味でドライブを楽しみたい、愛車で街を駆け抜けたいという運転の楽しみは別として、私の価値観では、たとえ中古の軽自動車であっても、月給20万円でその金額分の運転手を雇い、他人に運転してもらう方が、とてつもなく豊かに感じられる。
自分なりの解決策
マイカーを所有し続けるか、タクシー移動に切り替えるか。どちらか一方に決める必要はなく、結果として私は使い分けることにした。郊外への買い物やちょっとしたドライブはマイカーで、交通量が多く運転に神経を使う市内(特に繁華街)への移動はタクシーが中心となった。
このおかげで、車を運転する楽しみを維持しながら、非常に疲れる市内移動も楽になる、という一石二鳥を手に入れることができた。
地方では車がないと生活は非常に不便で、移動に大きな制約がかかってしまう。理想は、金に糸目をつけず自分が乗りたい車を手に入れて乗り回すことかもしれない。しかし、マイカーを単なる移動手段として考えている今の私にとって、最低限のコストで維持する自家用車を持ちながら、必要に応じてタクシーを利用するスタイルが最も性に合っているようだ。