ふわふわ生きるということ。二極化で明るい未来になる、そんな2023年:コロナから3年先の未来

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今年の夏は、10年に1度、いや一生に何度あるんだろうか、というくらい公私共に明るい光を感じている。

コロナ禍でしばらく停滞した仕事もより一段と上向きになってきて、何より、自分の才能やスキル、趣味により近い仕事が次々とこなせているのが嬉しい。

わりとふわふわと生きてきて

もともと、これというカッチリした夢や目標は立てないタイプ。

これまで生きてきて、本気で夢を現実にするために計画的に積み上げていったことといえば、大学受験くらいだろうか。

そのくらい、普段は日々穏やかに過ごすことがいちばんだと子どもの頃から願いながら生活してきた。

先日、先輩ライターさんにも「中川さんは、ガチガチに目標を立てて頑張るよりも、地道にコツコツやっていくと、向こうからチャンスが巡ってくる不思議な人ですね」と言われて、納得したばかりだ。

新しい出会いは未来の道筋

8月から新しい案件と出会った。

これまでライターをやっていて、何となく将来やってみたいなと思ってはいたディレクターのお仕事。

数年前から、ぼんやり夢のようにイメージしていたものの、現実的に募集に応募したり、そのジャンルの勉強をしたり、ということはなかった。

だが、去年の後半くらいから、スキルの高いディレクターさんとお仕事をする機会が増えて、業務を通じてディレクターの役割やライターとは異なる視点やアプローチを少しずつ吸収していたところに、今回のディレクション案件のチャンスを知って即応募。

「これまでこちらから出向かなかったチャンスが、向こうからやってきた!これはしっかり腰を据えなければ」と、応募書類もテストライティングもこれまでのスキルや経験をフル活用してクリア。

トントン拍子にお話が決まった。

京都が呼びかける声

コロナ禍に入る前年、2019年はライターでいちばん調子が良かった一年だった。

しかし、コロナになってこれまで手がけていたジャンルの案件が軒並み波が引き、低迷状態に。

ただ、2020年7月。

コロナの影におびえながら、それでも京都に行かなければと思って旅行に出たら、たまたま祇園祭の宵山の日だった。

八坂神社も四条通も烏丸通も、人も車もすっからかんの京都市街。

京都時代によく通っていたお寿司屋さんで地元で配られる祇園祭の手ぬぐいをもらい、教えてもらった御旅所で祇園祭のちまきを買って、今も玄関に飾っている。

2023年までの3年間とその先の2025年

その京都で、当時はまだうまく言語化できていなかったが、3年先を見据え、3年間でコロナ以後の時代をイメージした生き方にシフトしていくこと、その流れで5年後の2025年に大きな転換点で波に乗ること、といった感覚を覚えた。

まず、健康をより意識した生き方に変えること。

そして、コロナで激減する社会を予測したワーク・ライフ・バランスを目指すこと。

この間、ライターを辞めることも何度か考えたり、今の生活に倦む時期もあったりしながら、3年後の今年2023年ーーここが人生の正念場だと思って、ひとつずつ仕事もこなし、生計や体調の管理もベビーステップで続けながら、今、未来に対する不思議な幸福感に包まれている。

「二極化」をフラットな目で見つめること

スピリチュアルの世界では、もう10年も15年以上も前から「二極化の時代」という話があった。

東日本大震災でその扉が開かれて、本格的に流れがほとばしり出たのが世界的なコロナウィルスの感染拡大だったのだろう。

今年も半分を超し、もうすぐお盆になる今、ますます自分に合った仕事が身の回りに並ぶようになり、以前からつながっていた人間関係がより強固に、より親しく、何より本音で褒めるべきは褒め、叱咤激励するところは外さないといった、やりとりができるようになってきたように思う。

二極化というのはけっしておどろおどろしい、ネガティブな話でもなくて、結局、自分自身が光の当たっている面を見るのだと心から決めること、に尽きるのだろう。

猛暑の中の立秋の本日。

ここ数日、すっかり空気に秋の雰囲気が混じっていて、あれこれと、これからのことを考え、そして実践するにふさわしい季節になったようだ。

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