折れたオレンジ色のクーピー

こどもというのは、おとなから見ると不思議なものを大切にしがちである。小学生のころ、色えんぴつの類いもこどもごころに「できるだけだいじにして使いたくない」「誰にも貸したくない」と強く思っていたものだ。

レアな色のオレンジを貸してもらって

小学生当時、授業中や休み時間にクラスメイトと文具の貸し借りをすることがあった。トラブルの元になるため、先生からは控えるように言われていたものの、たとえば授業中に色ぬりをする場面があって、色えんぴつを忘れていたり、塗りたい色がなかったりすると、座席の周りの同級生に借りることは珍しくなかった。

小学校1年生のとき、左隣の席だったOくんに「オレンジ色のクーピーを貸して」と頼んだことがある。すると、Oくんはクーピーセットのなかからおもむろにオレンジ色のクーピーを取り出すと、両手でポキンとふたつに折り、片方をわたしの目の前に恥ずかしそうに差し出した。

だいじなクーピーをわざわざ折って貸してくれるシーンを目の当たりにしたのも衝撃だったが、「後で返すからね」と伝えると「ううん、あげる」と言ったきり、うつむいてしまった。

色えんぴつは12色セットが標準なイメージだったが、たまに24色や36色を持っているお金持ちの子や、金色や銀色を持っている子を、ほかのクラスメイトは羨望のまなざしで見つめていた。

たとえ12色セットであろうと、赤や黒、青といったありふれた色ならともかく、レアな色であるオレンジを貸し借りすることすらわたしなどもためらっていたなか、Oくんはわざわざ折るまでしてくれたのだ。

小学校が嫌だった1年生のころ

小学校に上がるのが嫌でたまらなかったわたしは、毎朝緊張しながら登校を繰り返していた。こどものころはそれなりにやんちゃな一面もあったのか、小1の5月くらいだったが、担任の先生から「あなたみたいな子はうちのクラスには要りません!帰りなさい!」としこたま叱られたことがある。

わたしからすれば、嫌々通っている小学校から帰っていいといわれてうれしくなり、給食が始まる前にそっと黙ってランドセルを背負ってそのままひとりで家に帰った。

母は今と変わらずおおらかというかのんきというか「あら?今日は学校、早かったね。昼ご飯何も作ってないから、インスタントラーメンでも作るね」といって、キャベツをたっぷり入れた「サッポロ一番 みそラーメン」を出してくれた。

1時前になり、母と一緒にラーメンと啜っていると家の電話が鳴った。しばらく電話で話していた母が「『たいろうくんは家に帰ってますか?』って聞かれたから、一緒に昼ご飯食べてますよ」って答えといたよ」と教えてくれた。

翌日、登校するとクラスのみんなから「きのう、たいろうが突然学校からいなくなったって、先生たちが大騒ぎで学校中探し回ってたぞ」と教えてくれた。

Oくんとは、わたしがそのように、学校に違和感を覚えている最中に仲良くなった。

Oくんは、ほかのクラスメイトとは変わった雰囲気を持っていた。のんびりしていて、やさしくて、大きな声を上げることもない。

自分の気持ちをみんなに話したり、誰かとけんかをしているところを見たこともなかった。

ただ、話していてピントがズレた感じがするときがあるな、とか、勉強が苦手で授業に付いていくのが大変そうだな、という印象は感じていた。

別の校舎のクラスに行くと知って

オレンジ色のクーピーをくれてしばらくして、5月の下旬だったか、Oくんは隣の校舎の別のクラスに変わることになった。

せっかく仲良くなったたいせつな友だちと離れることが哀しくて、ある日の授業中に荷物をまとめて先生と教室を去って行くときのOくんの寂しそうな表情をいまでも忘れられない。

それからしばらく、休み時間になるとわたしはOくんに会いに隣の校舎まで出かけたこともあった。

また、放課後やお休みの日にOくんの家まで遊びに行ったこともあったから、クラスが帰ってから訪ねて行ったことがある。

最後に遊びに行った日の帰り、お父さんとお母さんはOくんに「別々のクラスになったから、もう前みたいには遊べないのよ」と諭していた。

そのとき、わたしとOくんは同じ空の下なのに、見えないバリアでできた別々の世界に分かれてしまったような感じがして、とぼとぼと家まで歩いて帰ったことを覚えている。

帰宅すると母から「Oくんのお母さんからさっきで電話があって『今まで遊んでくれてありがとうねと伝えてください』って言ってたよ」と話してくれた。

こどもながらに、Oくんは知的障害だから養護学級にクラスが変わったことを理解した。

わたしは小学校1年生の4月からカブスカウトに入団していたが、団員の子どもたちのなかには知的障害児もいたから、なんとなく世の中に障害がある大人やこどもがいることは知っていた。

6歳のわたしがリアルに障害というものを知ることになったきっかけが、Oくんが折って差しだしてくれたオレンジ色のクーピーだったような気がしている。

久しぶりにクーピーで色塗りをしてみて

ここのところ、日頃のルーティンとちょっと違ったことがしたくなって、スーパーの文具コーナーでふとクーピーペンシルの12色セットを買ってみた。

小学校1年生の当時からもうずいぶんと月日は流れてしまったが、目の前のクーピーセットにもオレンジ色が入っているのを見つけて、ありありとこどものころの酸味の効いた思い出がよみがえった。

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