将門塚、東京は雨。

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平将門というと、東京は大手町の「将門塚」が広く知られている。将門公の首を供養する首塚であり、京の都で晒された首が東へ向かって飛んでいき、ここに落ちたという伝承や、移設工事をしようとすると奇怪な事故が起きるという「祟り神」としての逸話も多い。菅原道真、崇徳天皇と並び、日本三大怨霊として古くから畏怖され、崇められてきた。

平将門は遠い存在

愛媛生まれの私にとって、かつて関東平野を駆け巡った将門公への親しみは、正直なところ少し薄かった。どちらかといえば、同時期に呼応して朝廷に反乱を起こし「承平・天慶の乱」の立役者となった藤原純友のほうが身近だった。愛媛の西南部に浮かぶ日振島を拠点としていただけに、親近感があったのだ。

ドラマや映画で描かれた将門像

15年ほど前、大河ドラマのDVDをひたすら借りて視聴していた時期があった。そこで出会ったのが、1976年制作の『風と雲と虹と』だ。舞台は10世紀、平安中期。大河ドラマ史上でも極めて古い時代を扱った作品である。

加藤剛演じる平将門は、清廉潔白で正義感が強く、不正を許さぬ一方で仲間や庶民を慈しむ「悲劇の英雄」として描かれていた。緒形拳の藤原純友や、将門を征討した露口茂の俵藤太(藤原秀郷)も実にかっこよく、映像に焼き付いている。

このドラマの影響か、私の中に将門公への「おどろおどろしいイメージ」はあまりなく、むしろ敗者ゆえに歴史の闇に封印されてしまった背景があるのではないか、という印象を持った。 一方で、子供の頃に観た映画『帝都物語』では、将門の怨霊による帝都破壊が描かれており、そのオカルトな雰囲気に最後まで鑑賞できなかった記憶がある。それでも、江戸・東京と将門公の深い因縁、そして首塚の存在は幼心に強く刻まれた。

こうした漠然としたイメージを抱きつつも、東京を旅する機会があっても大手町に近づくことはなく、時が過ぎていった。

坂東に残る将門公ゆかりの場所

神社巡りをするなか、ある時期、法道上人が気になって、ゆかりの場所をお参りしていたことがある。6世紀から7世紀にかけて続いた飛鳥時代、天竺(現在のインド)から渡来したとされる伝説的な仙人で、飛鉢の法と呼ばれる秘術の使い手で、鉢を飛ばし、その中を米で満たしたという。特に現在の兵庫県や瀬戸内地域に法道上人が開基したと伝わる寺が多い。

私が訪れたことのある法道上人ゆかりの寺には、俵飛山福見寺(愛媛県松山市)や摩耶山天上寺(兵庫県神戸市・六甲山)がある。

俵が飛び交う山~福見寺参詣記(後編)|愛媛県松山市
2011年6月15日(水)……。前日行けなかった福見寺が諦めきれず、次の日、再チャレンジしました。▽ 前日の模様 ▽松山市日浦地区からアプローチ今回は、東温市側ではなく、松山市側の登山ルートを使うことにしました。カブで松山市内から今治に抜け...

その後、「天竺」というキーワードであれこれ調べていると、日本全国には何カ所か「天竺山」という珍しい山があり、瀬織津姫との繋がりを示唆するあるサイトを見つけた。中でも、東京都あきる野市の三内神社も天竺山にある。

四国に住む人間にとって、東京都の西部の地理はイメージが薄いのだが、2017年、諏訪から中央道であきる野市に向かい、三内神社を参拝しようと思い立った。その流れで、中央道から接続する圏央道にも興味が湧いた。地図で圏央道を眺めると、ちょうど関東平野に弧を描いて結界を敷いているようなイメージが浮かんだ。圏央道沿いのインターを一つひとつ調べていくうち、坂東インターの付近に平将門を祀る国王神社があり、関連して神田山延命院の胴塚や、非公式だが終焉の地と地元で伝わる北山稲荷神社を知った。

圏央道に関連する上記の各所を巡った様子はすでにこのブログにある。

三内神社|東京都あきる野市
武蔵五日市駅の北東に天竺山という珍しい名の山がある。周辺の地図を見ていて、この三内神社を見つけた。あきる野市の天竺山は標高310mで、どこにでもよくある里山なのだが、全国で「天竺山」という名を持つ山は珍しい。この記事の情報は2017年6月現...
国王神社(平将門公 終焉の地)|茨城県坂東市
圏央道で茨城に入って、坂東インターで下りる。映画「下妻物語」で見たような、のんびりとした平野の広がる地方都市だった。郊外のまっすぐの道を15分ほど走ると、こんもりした森が見えて、そこが国王神社だった。この記事の情報は2017年6月現在です。...
平将門 胴塚(神田山 延命院)|茨城県坂東市
平将門の史跡というと東京の将門の首塚なら誰しも知っている。だが、首があるなら胴体はどうなったのか。将門の胴塚が祀られていることを知る人は少ない。この記事の情報は2017年6月現在です。神田山のとある寺へ将門の胴塚は、本拠地だった坂東市にある...
北山稲荷大明神(平将門 終焉の地)|茨城県坂東市
茨城県坂東市。北山稲荷大明神は、地元の人からも存在を忘れられるようにそこにある。すぐそばに交通量の多い幹線道路があり、チェーン家電量販店や回転寿司が並ぶすぐ裏手にひっそりとした小さな森があって、狭い参道は木々や雑草でできたトンネル、吸い込ま...

私自身、なぜアクセスのしやすい東京の将門塚ではなく、茨城の坂東市郊外に点在する神社や胴塚のほうとのご縁が先になったのか、いまでも不思議だ。

雨の東京で将門塚

坂東の平将門ゆかりの諸所を参拝してから、8年が経った2025年秋。6年ぶりの東京旅行で初日、雨の羽田に降り立った。モノレールに乗って都心に向かうにつれて雨脚は強くなり、東京駅八重洲口に出ると本降りに変わった。

1日目の朝に東京駅に降りたのは、はとバスのためだった。ただ、出発まで1時間あり、このまま待つのも勿体ないと思っていたとき、友人が教えてくれた和田倉門のスターバックスを思い出し、地図で調べると将門塚も近く、歩いて回るには時間が限られていたため、タクシーに乗り、途中将門塚で5分程待ってもらおうと思い立った。

内定式の日に

この日、都内は企業の内定式が行われており、この後利用したはとバスの車窓からも、リクルートスーツを着た若者がたくさん歩いていたり、バイキングを楽しんだ帝国ホテルでも、玄関に大手監査法人の内定式の案内札があったりと、大手町周辺はどこか大学キャンパスに紛れ込んだような雰囲気だった。

タクシーの運転手が将門塚の目の前まで車を着けてくれた。路側帯から歩道に上がりながらカメラを回していると、右からリクルートスーツを着た女性が待ってくれている。私が先に行くようにジェスチャーで合図すると、頭を低く下げながら通り過ぎて行った。初日の東京でこうしたマナーの良い若者に出会えることはとても清々しく、将門塚の参拝に合わせて心身を洗い清めてくれた心地がした。

さっぱりした将門塚

将門塚は噂に聞くとおり、ビルの谷間にひっそりと佇んでいた。神社でも寺でもなく、また強烈なエネルギーというよりは、その空間に「すぽっ」と収まっているような不思議な一体感があった。ここ以外にあり得ない、という強い意思のようなものを感じる場所だった。

後日、YouTubeで投稿した動画のコメントで、最近、将門塚は整備されたことを知った。かつてはもっと荘厳な印象だったようで、敷地を取り囲んでいた樹木も大幅に伐採され、真新しい石畳が敷かれて、すっかり管理しやすいスタイルに変わったのだという。

後日、上記の動画を投稿したYouTubeのコメントで知ったのだが、将門塚は近年再整備されたのだという。かつてはもっと木々が鬱蒼とした荘厳な雰囲気だったそうだが、現在は伐採され、真新しい石畳が敷かれた明るい空間に変わっていた。

雨の朝9時半。普段は行列ができるというこの場所で、一人静かに手を合わせることができた。 かつて巡った坂東の国王神社や胴塚、そして神田明神との繋がりに思いを馳せ、どこか共通する清々しさを感じながら、待たせていたタクシーへと戻った。

【2025年10月 参拝】

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