吉備地方には温羅(うら)伝説がある。
大和朝廷から派遣された吉備津彦と戦った豪族といわれており、いわゆる鬼とされている存在だ。
その根城だったというのが、日本100名城の「鬼ノ城(きのじょう)」である
朝鮮半島とのつながり
”うら”と聞くだけでなんとも朝鮮半島のにおいがしてたまらない。
鬼ノ城は朝鮮式の山城跡といわれている。
鬼の住処だったという伝説はともかく、現在では白村江の敗退以後、大和朝廷が朝鮮半島からの攻撃を見据えて作らせた砦の一つ、というのが定説らしい。
この城名の『鬼』(キ)とは、古代朝鮮語では『城』を意味し、やはりこの城の建設には、渡来人が関わったであろう事が各氏の説でも言われている。
それと、伝説にある『温羅』が百済の王子とされている事もあわせ、この地方には古くから朝鮮系渡来人が住み着いていたことは確実であろう。
現在、遺跡を含めた山々は県立公園になっていて、ビジターセンターもある。
圧倒する西門の迫力
この温羅遺跡は、みごとに復元された建築物もあって、大変整備されている。
黄土色の石垣の左端に箱状に見えるのが角楼、右側の屋根のある建物は西門だ。
西門
西門に近づいて下から見上げると、圧倒される。
吉備平野を見渡せる絶好の場所だ。
西門から西へとつづく石垣と復元の板塀も古代ロマンをかきたてる。
それにしても眺望がきいて、爽快な山城である。
吉備平野から瀬戸内海まで一望
鍵岩展望台には磐座にも見える岩肌が残る。
展望台から望む吉備平野は梅雨の晴れ間の太陽に輝いて、遠く瀬戸内を見渡すことができる。
ちかくには中世の山城跡もいくつか残っていて、軍事的にもたいへん重要な場所だったのだろう。
鬼ノ城はちょっとしたハイキングがてら出かけるのにもおすすめ。
岡山の歴史を語る上で外せないスポットのひとつだ。
2011/06/04, 2015/07/25 訪問
アイキャッチ画像:岡山県観光連盟提供