〈考えていること〉の輪郭をなぞって #1 『宗教』(1)

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『宗教』という言葉を、良い意味でも悪い意味でも日常的に耳にする機会が増えた。かつてニュースでも日常生活でも『宗教』という言葉や話題自体、避けて通っていたような気がするし、それほど宗教が客観的に人々の意識のなかの居場所が小さかった気がする。

『宗教』という単語の日常化

神社だったりお寺だったり教会だったり、初詣や七五三、厄払いやクリスマスなど行事で参詣することはあっても、信仰として宗教施設に通うことや、入信し在家信徒として生活をする、といったことは人口の大半が行っているとは言えず、今も状況はほとんど変わっていないのかもしれない。

『宗教』と一口に言っても、気軽に日本人が神社やお寺に参拝したり、葬式や法事で宗教行事とたまに関わるといった宗教的な生活や風習のような広義で語る場合と、特定の宗教に入信し教祖や指導者の教えを仰ぎ、日常生活から信仰の道に入っていくような狭義で語る場合とでは、自ずから問題の切り口は異なってしまう。

というよりも、日本語の『宗教』という単語があまりに広範な内容を含んでいる一方で、どこか『宗教』イコール「近づくとお金を巻き上げられるもの」とか「思考や生活様式が偏って一般的な感覚を失うもの」といったようなネガティブかつ極端な側面のみを強調されるところもあるかもしれない。

そうした中、『スピリチュアル』という「都合の良い」用語が台頭してきた。私自身、日常会話でも文章でも「宗教」や「宗教的」といった言葉を避けたくて『スピリチュアル』と言い換える場合も多い。

ただ、日本語における『宗教』という言葉にまとわりついている皮下脂肪のような得体の知れないものを、一度剥がし、再定義するというよりは語義を改めて振り返る必要があるのではないかと感じた。

『宗教』=「religion」からの造語

『宗教』という言葉自体は、経済や哲学など先人が外来語を苦心の末、日本語に変換した明治期に誕生したと言われている。西洋社会におけるキリスト教を始めとする一神教の意味が色濃い「religion」を、それまでの日本語で宗教用語として使われていた「宗」と「教」を組み合わせたものといった流れが通説だ。

特に日本国憲法によって宗教分離が明文化され、その上、皇国史観を基盤とする国家神道が否定された戦後も、時折「神道は宗教ではない」というフレーズが聞かれるのは、国家神道に統合される以前の、民衆が支えてきた神社の神事や祭礼であったり、いわゆる古神道をはじめ教派神道(宗派神道)や神道系の新宗教であったり、そういった神道一般については西洋的な「religious」といった意味での狭義の宗教ではないという主張が背景にある。

「神道は宗教ではない」という捉え方は、明治以後の神社非宗教論から脈々と受け継がれたものだろうが、ただ、国家神道か教派神道かその他、神道的なるものかに関わらず、私たちは神社というものを少なくとも西洋的な『宗教(religion)』と捉える感覚は強くはない。

それよりも、ここで大切なことは、ある場面で使われる『宗教』という用語が、明治になって「religion」から造語された『宗教』なのかは、一度立ち止まってよいだろうという視点である。

西洋社会の定義も取り込みながらそれ以前まで日本人が素朴に体感していた『宗教的な何か』であったり、神仏習合の総体であったり、さらに、西行法師が伊勢参詣において「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」と詠んだ意味での『かたじけなさ』を感じた得体の知らない『なにごと』かであったり、西洋的な規範を無理矢理にでも地下薬籠中の物へと翻訳したものであったり、果たして一体どの語義で語っているのかという点を明らかにすることが求められるだろう。

複数のパターンを踏まえた上で、丁寧に論じていくことが『宗教』という言葉を使うようになってたかだか150年ほどの私たちにとって、極めて重要なポイントだと感じている。

参照:長沼 美香子_文部省『百科全書』における「宗教」
参照:religion の意味、語源・英語語源辞典・etymonline
参照:阪本是丸_近代宗教法制度と国家神道
参照:新田均_最近の動向を踏まえた 「国家神道」研究の再整理

【参考】

(ハ)本指令ノ中ニテ意味スル国家神道ナル用語ハ、日本政府ノ法令ニ依テ宗派神道或ハ教派神道ト区別セラレタル神道ノ一派即チ国家神道乃至神社神道トシテ一般ニ知ラレタル非宗教的ナル国家的祭祀トシテ類別セラレタル神道ノ一派(国家神道或ハ神社神道)ヲ指スモノデアル

『神道指令(国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件(昭和二十年十二月十五日連合国軍最高司令官総司令部参謀副官発第三号(民間情報教育部)終戦連絡中央事務局経由日本政府ニ対スル覚書))』より
出典:連合国軍最高司令部指令:文部科学省

 

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