須佐神社をインターネットで検索していると、神職さんが困惑している現象がある、との記事があった。
荒れるパワースポット
ある霊能者が日本一のパワースポットと紹介して以来、参拝客のなかには、鳥居や本殿を素通りして、エネルギーをいただけるとうわさの大杉の前で写メをとり、すぐにまた帰って行くのだという。
これを読んだとき、なかにはそういう人もいるだろうが、きわめて特殊な例だろうと思っていた。
しかし、先日、須佐神社に参詣した際、ひさびさに昼間だったが(須佐神社については、私は早朝か夜にお参りすることが多い)、タクシーの運転手と若い女性の三人組がやってきて、境内に入るやそのまま大杉に直行し、5分もしないでまたとんぼ返りしていく様子を見た。
もちろん一応のルールはあるものの神社のお参りの仕方は各人の自由かもしれないが、これには見ていて少なからずショックを受けた。
正直なところ、須佐神社の鎮座する出雲市佐田町のこの一帯は、現代でも交通の便がよくない状態が続いている。
出雲市内から車でもずいぶんと道のりが遠いが、公共交通機関であれば、一、二時間に一本のバスで佐田支所まで行き、そこから3キロはタクシーか徒歩しか足がない。
なので、さきほどの3人組もずいぶんとお金も時間もかけてこの須佐の地までやってきたのだろうが、見ていてもったいないなという感じだった。
スサノオ曰く「須佐は好い処」
須佐神社のある地区を地元では旧村名をとって東須佐と呼ぶ。
東須佐はたしかに出雲大社に次いで古来から地元民の崇敬を集める須佐大宮を中心に発展したわけであるが、少し歩いてみると出雲周辺の他の地にはない独特な空気を漂わせている。
周囲の山々も清らかで、太陽があり、田んぼが広がり、土地の人々はとっつきにくいが情がこまやかである。
この東須佐は、はたして大杉の写メだけとって五分で帰るような浅薄な土地なのであろうか。
須佐という地名は、スサノオが「此の地は狭い処であるが、好い処である。だから自分の名は木や石に留めないで、この土地に留めよう」といって、自分の御魂を鎮めおかれた。
そして御名代田として大須佐田、小須佐田の御料田を定められたことに由来する。
スサノオが愛したこの須佐の里そのものに興味を持つようになり、しばらくスサノオや須佐神社からはいったん離れ、「須佐田とは何か」を思いつつ探訪してみた。
私なりに数回に分けて東須佐を歩き回り、ときには膝を痛め、ときには山林をかきわけ格闘したささやかな記録を残したいと思う。
これが、愛する須佐神社と須佐のまちのために、ささやかながら将来なんらかの役に立つ手記とならんとこころから願っている。
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