2011年6月15日(水)……。
前日行けなかった福見寺が諦めきれず、次の日、再チャレンジしました。
▽ 前日の模様 ▽
松山市日浦地区からアプローチ
今回は、東温市側ではなく、松山市側の登山ルートを使うことにしました。
カブで松山市内から今治に抜ける山越えの国道を走り、日浦地区で少し南下し、三本杉のある集落に停車。
三本杉の新宮神社
まずは杉の大木のある新宮神社に参拝です。
先日、愛媛県内の新宮村に行ったところだったので、最近、また熊野とつながてるなぁと思いつつ、自然石の石段を登ると、寂の世界が広がっています。
苔も青々として目に眩しく、境内に入ると右手に大きな杉の大木が3本そびえていました。
案内板によると、実際の地中の二株のうち、一株が二本に分かれているので3本に見えるのだとか。
この三本杉は今回、福見山について調べる中で初めて知ったのですが、松山にもこんな素晴らしいパワーの御神木があるのかと驚きました。
いよいよ登山道へ
お参りをしてからさらに川沿いのコンクリ舗装の道を進むとしばらくして、「右 福見山参詣道」なる石標が立っていて、そこを登っていきます。
想像以上に傾斜がきつく、おそらくカブでは途中で登らなくなったのではないかと思います。
やがて舗装もなくなり本格的な山道に入る登山口に来た頃には、ガイドブックの倍近い時間がかかっていました。
一時間ほど汗をかきかき、地べたに座り込みの繰り返しだったのでロスがかなりあったのでしょう。
登山口からは比較的なだらかな稜線づたいの道です。
自然林と植林が混じっていますが、とても気持ちいいです。
夕方から雨予報で、とくに山間部なので曇り空を気にしながら登りましたが、たまに晴れ間も見えてなんとか助かりました。
最後の竹林の急登を抜けると、やっと福見寺の石段が見えました!
ガイドブックの時間より若干早く到着です。1時間半ほどの山登りでした。
俵飛山福見寺
寺紋でしょうか、「俵にまる」の瓦が印象的でした。
福見寺は正式名を『俵飛山福見寺』といいます。
創建は7世紀。
愛媛でも、最古級の寺院です。
熊野修験道、山岳信仰のメッカとして長く栄えました。
境内のお大師像の肩幅が広くてユニーク。
インドから飛来した法道上人の伝説
開基にあたっては、先日の新宮村で知った法道上人、さらに麓にお寺を移して山頂を奥の院とするときには空海がかかわったという伝承が残されています。
奈良時代、この付近の村人が飢えに苦しんでいたところ、法道上人が通りかかり、都に納める米俵を積んだ船に「お米を分けてくれ」と頼んだが断られたそうです。
船が出航したところ、上人の鉢が飛んできて、船上に積まれた俵が次々と鉢に連れられて山の方角へ飛んでいきました。
あわてた役人や船乗りが追いかけていくと、福見山で読経する上人の傍らに俵が山と積まれていたそうです。
お詫びをして俵を分けてさしあげたところ、上人が息を吹きかけるとまた俵は船にまで飛んでもどっていったとか。
この一帯をいまも福見川町というのは「村人が上人のおかげで福を見ることができたから」にちなんでだそうです。
お寺の縁起って面白いですね。
山奥にひっそり時を刻む寺
それにしても山里から徒歩で一時間以上もかかるというのに、こんな立派なお寺なのです!
いまは無住だそうですが、かつては山伏もたくさん行き交ったのでしょうね。
次またいつ来るかはわかりませんが、たいしたことないと思って過ごしている地元にもこういう聖地があることがまたひとつ学びになりました。
2011/06/19 執筆