日帰り温泉物語(5)フサフサのうちにやりたいことをやりなさいとアドバイスされた話。

よく行く日帰り温泉の話。

いつもは車で通っているのだが、その日、電車を使った。

30分の大遅刻

エコのため、またウォーキングの歩数稼ぎのため、週に1回ほど、公共交通機関を利用することにしている。

朝、自宅を出発するのが遅れて、いつもより2本遅い電車に滑り込んだ。

梅雨の晴れ間の暑い朝、駅から10分強を汗をかきかき歩いて日帰り温泉に到着した頃には、オープン時間を30分過ぎていた。

地元の常連さんたちは、10時オープンの10分前には並んで待っている。

5分前になるとスタッフが玄関の鍵を開けてくれるのだ。

毎日来ている常連さんの中には、自宅の風呂代わりの人も多い。

最短15分で身体を洗い、湯船に浸かり、さっと出ていく人もいる。

多くの人は30分から40分くらいだ。

日帰り温泉のゴールデンタイムともいえるオープン後1時間。

常連さんたちはわいわいしゃべってストレス発散ができる、お湯が新しく気持ちが良い、といった魅力にあふれている。

30分遅れて浴室のドアを入ったところ、洗い場の常連のおじいさんが、

「兄ちゃん!

今日は大遅刻やが!

ちゃんと時間通り、早めに来てもらわんと困る」

とジョークを飛ばしてきた。

シニアも若者と同じようにヘアスタイルが気になる

笑いながらかけ湯をして、お風呂へと向かった。

湯船に浸かっている数人の常連のおじいさんたちは、すでに今日の話題で盛り上がっていた。

ちょうどガンになったら髪の毛が抜けるという話から、毛髪がテーマのようだ。

先日から抗ガン剤治療をしているおじいさんは、多少生えていた髪をすべて買って来たバリカンで刈り込んだという。

「医者に言われたんやけど、薬の副作用で黒い髪の毛は全部抜けてしまっても、白髪は細胞が死んでいるから抜けないんやと。

カミソリで剃ったらええんやけど、キズができて感染症になったらいかんけん、市販のバリカンを買って来たんよ」

「頭が丸坊主になったら、やっぱり寂しいのう」

「いざとなったら、出かけるときだけ安いカツラを買ってくるんよ。

百円ショップにも売ってるんかな?」

「何でも揃ってる百円ショップといっても、さすがに100円じゃそこらじゃカツラは買えんやろう。

売ってたとしても、すぐカツラってわかったり、暑くてすぐ蒸れるようなもんしかないと思うよ」

80代後半でいつも元気なおじいさんが、話に入ってきた。

「わしが現役の頃、30年以上前やが、一度植毛をしてみたくって話を聞きに行ったら、当時で60万するっていわれた。

今やったら100万や200万ぐらいの価値じゃなかろうか」

そのおじいさんは、もみあげと襟足に髪の毛が少し残るほかは、見事に頭が禿げていた。

「これでもちゃんと月に1回、散髪屋に通って、5,000円出して染めてもらってるんやで」

そういつも散髪屋の翌日は自慢げに話してくれる。

フサフサのうちにしっかりヘアカラーを楽しもう

ちょうど私は浴室のイスで休んでいたのだが、急にそのおじいさんがこっちを向いてきて、

「兄ちゃんは、上も下もフサフサでええなあ」

とちょっかいをかけてきた。

この日帰り温泉の常連の中で、私はまだまだ髪の毛が残っているほどだ。

とりあえずフサフサと言われる程度だろう。

コロナ禍以降、気分を維持するため、できるだけ美容室に通ってヘアカラーをしてもらうようにしているが、その都度、

「兄ちゃん、髪の毛があるあいだに染めるなりなんなり、好きなことやっといたほうがええぞ」

と、頭が薄くなったり、丸くなったりしているおじいさん連中からアドバイスを受けるのである。