小学校4年生のときに松山市主催の坊っちゃん文学賞が創設された。
小説家を目指していて学校図書館に必ず並んでいる『なるにはシリーズ』の「小説家になるには」などを読んだり祖父のワープロで文章を書き始めていたので、文豪漱石への憧れは一塩のものがあった。
夢は漱石、小説家
小説「坊っちゃん」で知られているように漱石も毎日のように道後温泉に通っていた。
いまでも三階霊の湯(たまのゆ)の個室のなかに漱石が好んで使ったという部屋が残されている。
床の間に漱石の頭部像が飾られて一幅の掛け軸は「則天去私」とでもなっていたのではなかったろうか。
小学5年生から卒業するまではよく道後温泉に通っていた。
もともと小学校に上がる頃から、『道後村めぐり』というスタンプラリーを母と姉と三人で日曜日になると歩きや自転車で訪ねていた。
道後温泉本館を皮切りに旧道後村の主な社寺や名所旧跡などを巡っていく。
スタンプ帳にすべて押し終えて事務局に持ち込むと道後温泉本館または椿湯の入浴券がもらえた。
厭な子供は出で湯で遊ぶ
5年生頃には一人で回るようになり、そのうち漱石に憧れて本館の湯に浸かった。
道後温泉本館は設備やサービスによって料金別となっている。
大きく分けると神の湯と霊の湯で、さらにただ入浴するだけ、大座敷で浴衣を着て茶を飲む、最高クラスが個室利用である。
今から思えば厭な子供というほかないが、やがてすべての入浴区分を制覇した。
小学生まではこども料金半額だったのでお小遣いを貯めて利用しやすかったというのもあった。
霊の湯3階の個室は現在おとな1500円、こども750円だが、当時とあまり変わっていないように思う。
階段を上がって一番奥右手が「坊っちゃんの間」。
障子を開けると眼下に本館入り口が見渡せる。
タイミングがいいと真上の振鷺閣の時を告げる太鼓が響いてくる。
また、霊の湯の料金には、皇族専用浴室・又新殿(ゆうしんでん)の見学料も含まれていた。
霊の湯の浴室は薄暗く、お湯も神の湯より白濁していてぬめりが強かった。
土日でも観光シーズンでなければ貸し切り状態のことも多く、坊っちゃんにかこつけてよく湯船を泳いでいた。
夢の天目茶碗
お風呂から出てくる頃合いを見計らって、給仕のおばちゃんがお茶と坊っちゃん団子を持ってくる。
子供の頃は坊っちゃん団子が大好きで、親によくせがんで買ってもらったり、お小遣いで握り拳大の「ジャンボ坊っちゃん団子」を買ってよく食べていた。
個室では、持ってきた小説をパラパラと読んだり、原稿用紙に落書きをしたり。
あっという間に時間がやってくる。
道後温泉ではお茶を赤い輪島塗りの天目台で運んでくる。
どうしてもこれが欲しくて給仕のおばさんに尋ねてみたことがあったが、「とても貴重なもので、もう作られていないから譲れない」と断られたのが、子ども時代のほろ苦い思い出として残っている。
(つづく)
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