中学校を卒業して高校生になる——。
「義務教育ではないんだから、いつでも辞めさせられることがある」
大人たちから口酸っぱく言われたものだ。
たしかに、最悪の場合停学や退学もあり得るのが高校生なのだが、それよりも学校生活で大きな変化があるとすれば、給食である。
まずいパンならおいしくしよう!
中学校までは味の善し悪しは別としても、皆同じ昼食を食べている。
それがよいのかどうかはわからない。
中三の時だったか、給食で出されるパンがあまりにまずいのでなんとかおいしくたべようといちごジャムを持って行ったことがあった。
きっと小麦の質もよくなかったのだろう。
給食のパンと言えばパサパサしていて家のペットに持ち帰っても食べるスピードが芳しくない、という味である。
周りの友達にもジャムを付けてあげていた。
そんな数日後、担任の先生にこそっと呼びされて、他の生徒もまねをすると収拾がつかなくなるから、やめてくれ、と頼まれた。
大人の事情、というのはよくわかったし、担任には全幅の信頼を置いていたのでジャムはその日の下校時にバッグの中に忍ばせて持ち帰った。
「おまえがジャムを付けたくなる気持ちは先生もよくわかる」
そうニヤッとしながら先生は話を終わらせた。
冬の弁当は冷たくて
それから一年が経ち、高校1年生の冬。
三学期も一月の下旬となると南国愛媛でも寒さが厳しくなってくる。
給食のかわりに高校入学してからは母が毎朝お弁当を持たせてくれていた。
ただ、冬場の問題はお昼休みになると弁当が冷え切ってしまうことである。
当時、まだしっかりした保温機能のある弁当箱は普及していなかった。
あたたかい弁当を食べようとすると、いわゆる魔法瓶式の重たくてやたら大きいランチジャーしかなかった。
さすがに8キロの通学路を自転車の荷台に積んで走るわけにもいかない。
次に思いついたのがホッカイロを弁当箱に入れておく案だった。
当時のホッカイロはやたら熱くてすぐやけどしそうなぐらいは発熱したので役立ちそうなものだったが、一度試したものの思ったほどの効果はなかった。
ちょうどブームになっていた『燗番娘』という火を使わなくても熱燗ができあがるというしくみを生かせないかとも考えた。
容器の内部に石灰が入っていて、プルトップを引き抜くと水が出て触媒作用で熱が出る。
運動場のライン引きで使われる石灰を拝借しようかと思ったが、理系バリバリの友人にその場で留められてしまった。
ホットプレートでの熱い挑戦
なんとかあたたかい昼ご飯を学校で食べられないだろうか。
悩んでいたあげくに思いついたのが、焼肉だった。
ホットプレートで焼肉をすれば温かいおかずが食べられる。
しかも、電気で焼けるから火を使う必要もない。
学生手帳には「校内で火気を使ってはならない」と書いてはいるが、電気は大丈夫そうだ。
ちょうど座席の近くに黒板消しのクリーナーのためのコンセントも来ている。
クラスメイトに焼肉をするアイディアを話すと、それは面白いというノリになった。
すばらしいアイディアは実現しなければ意味がない。
早速、その日に家に帰るとちょうどスーパーへ買い物に出るという母と一緒に焼肉用の牛肉を買いに行った。
焼肉のたれを持って行かなくて済むという点ではタレ漬けされてあるのを買うのが面倒はない。
しかし、焼いているときのたれの甘い匂いが教室内に立ちこめることや食べた後のホットプレートの掃除を考えると、ただの焼肉用を焼いて塩を振って食べるほうを選んだ。
野菜も必要と言うことでタマネギとピーマンを用意した。
もし焼肉ができなかったことのことも考えて、母には普通の弁当も作ってもらうことにした。
翌朝、大きな風呂敷に包んだホットプレートと肉や野菜の入ったクーラーを自転車の荷台に積んでいつもより10分早く家を出た。
想像以上に白煙が立ちこめて
その日は鉛色の空。
北風も強く、その時期にしてはとりわけ寒い日だった。
学校で焼肉をするにはちょうどよい。
昼休みのチャイムが鳴って早速、友達の机もいくつか借りて油で汚れても言いように新聞紙を敷き、ホットプレートを温めた。
友達も呼んで、いざ肉をプレートに載せた。
じゅわぁー!
いい匂いがしてきてみんなで数枚食べたところで、思った以上に肉を焼く白い煙がどんどん立ち上ってきた。
一応、教室の窓は開けていたが煙の量はすさまじく、ふと天井を見るとちょうど真上に火災報知器がある位置だった。
煙感知式なのか熱感知式なのかはわからないが、このまま焼肉を続けて火災報知器が鳴るのも格好が悪いので、5分ほどで温かい食事へのチャレンジがあっけなく幕を閉じた。
人呼んで「焼肉の人」
やはり肉の焼ける匂いは食欲をそそるものだ。
隣のクラスからも野次馬がやってきたし、翌日には他の学年や先生たちの知られるところとなった。
私は裏で「焼肉の人」と呼ばれていた、と後になって友達から聞いた。
しばらくして、自宅での火災報知器が義務づけられた。
茶の間で焼肉をするたびに、火災報知器がけたたましく鳴りはしないか心配になる気持ちはいまも変わらない。
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