「結氷」

冬空の下 湖面を覗くと
5歳の時の僕がいた
その時 君は 一体 いくつだったのか
山から吹き降ろす風は
君のその表情ほど凍り付いてなんかいない

別々に歩いて行こうと 諏訪湖の 湖畔のコテージで話し合った夜
君の表情はまだ曇っていたけれど
僕は見逃さなかった
視線はずっと遠くを見つめているのを

僕は5歳の時に比べて 少しでも成長しているのだろうか
それとも 何も変わっていないのだろうか
そんなことより 僕は決して もう一体いくつになったのだろう
なんて数えたりはしない
今 立っている湖の この場所で

湖から山へ向かって 登っていく
途中 火葬場を見つけて ついつい
人が焼けるにおいを乾いた肌が探してる
いつもの癖で
登れば登るほど 一気に体がまるごとスライドして
背を向けているはずの 湖にすべり落ちそうで

人の記憶は曖昧だけれど
人は すべての感情を ずっと持ち続けてしまう生き物だから
5歳の時の思い出と
目を閉じると、僕の世界から消えてしまう 今 僕を取り囲んでいる世界と
どちらもきっとたいして 変わりないのかもしれない

道に迷ってどんどん 山奥に進んでいくと
大きな松の大木が一本そびえていた
僕は この先 雪が足首をつかんでくるということに諦めを決めて
大きな根元に腰を下ろした

遠く 枝葉の隙間から見えている 諏訪湖
不意に 湖面から
5歳の時の僕が ぼんやり現れ出でてきた
それは 一体 5歳のままの僕なのか それとも
今ここにいる松の大木の根の生え進む 続きなのか

やがて冬は去り 春が来るだろう
しかし 5歳の僕に たどり着けるだけの力と
手がかりになる地図やルートは
すでに見つかっているのだろうか
それとも
明日の晩に 気づくことができる という心を持ち合わせていたのなら
ただ 君はすっかり 5歳の時の君を
そして僕は もう 5歳から遡ることのできない僕を
5歳の座標に 捨てて来ている

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